コミュニティースクール考

今朝の南日本新聞に、「地域運営学校鹿県ゼロ」の見出しが載っている。この地域運営学校というのはコミュニティースクールとも呼ばれ、鹿児島では実施している学校が全くないという。全国的にも全学校で実施する方向にはまだ進んでいない。なぜか。まず、既に学校の運営に関われる学校評議員制度があるのに、なぜ、人事権に介入できたりなど、評議員制度より権限の強い制度を導入する必要があるのかはっきりしないからだ。あとこの制度は、鹿児島県や長崎県、沖縄県など離島や極端な僻地を抱えている地域のことを全く考慮に入れていないのだ。離島や僻地では元々コミュニティ制度など無くても、学校運営に充分関われるし、行政がわざわざ作った制度など要らないからだ。特に人事については鹿児島県は特殊である。「この先生を長く」とか「あの先生をこの学校へ」と意見を述べられたら、教育委員会は正しい理由があればその人事の意見を尊重しなければならないのである。そうすると、他県みたいに、一生のうちでも自宅からあちこち転勤できることが難しい鹿児島では、大混乱である。先生の生活にも関わるからだ。どうも中央行政府の考えは、鹿児島県を無視している事が多い。教員免許更新制度についても同様だった。ただ、このコミュニティースクール制度は全くだめな制度とは思わない。それなりに利点もある。ただ地方の実情を勘案して、できる地方での推進は結構だが、できない地方にまで強制することだけはやめて欲しい。
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テーマ : 教育問題について考える
ジャンル : 学校・教育

英語の筆記体教育

あなたは英語の筆記体を書けますか?今、公立中学では、先生によって教えない人もいるので、書けない中学生もたくさんいます。私は、書きたい人には練習させていますが、筆記体どころではない生徒には強制はしません。なぜ公立で教えなくなったのか。一つは、指導要領の改訂で、筆記体指導は強制ではなくなったため。もう一つは授業時数確保のため、筆記体指導に十分な時間がかけられないため。あと一つは、英語を使う現実の世界では、もう手書きで英語を書くというのはほぼ絶滅に近いためです。パソコンの普及やメールの普及のため、レポートはもちろん、個人の手紙ですらワープロが増えてきてしまい、手書きは貴重です。特に若い世代では手紙を書いた経験が無い人が驚くほど増えてます。署名やちょっとしたメモは手書きですが。ただ、高校の先生は困っていらっしゃるでしょうね。筆記体を書けない読めない生徒が増えてきているので、板書ではブロック体で書かれるのでしょうか?ブロック体で長い英文を黒板に書くと、筆記体より疲れますよね。次の指導要領改訂では筆記体という言葉が消えるかも知れません...。

テーマ : 外国語学習
ジャンル : 学校・教育

尾木ママ

今、明石家さんまが司会している「ホンマでっかTV」に出演してる尾木直樹さんは「尾木ママ」としてかわいらしいキャラで人気があるみたいだ。実は私が20代から30代のころ、彼の著書をよく読んだ記憶がある。教育関係の本ばかりで、生徒指導、教育問題に関して、現場の教師がすぐに使えるようなアイデアを述べたり、深い見識を述べたりしていて、教育評論家としては一目置いていた。ただ、その方が、おねえキャラでテレビに復帰されるとは思ってもいなかったので最初はびっくりした。が彼の母性的(?)なキャラを見ると、教育は男性的にごりごり押すことも必要だが、生徒をまず受け入れる母性も必要だなと思った。だからあまり女性の先生方が男性的に厳しく当たることは女性の特性をつぶしているようでもったいなく思う。ただ、いつも優しいばかりではやっていけないし、そこがつらいところですがね...。

テーマ : 教師のお仕事
ジャンル : 学校・教育

進級・卒業システム

日本の学校では、進級・卒業を学校で決めるとき、特に義務教育においては、ほぼ全員卒業・進級できる。一応判定会はするのだが、原級留め置きすることはまずない。小中学生で同じ学年を2度以上することは日本ではあり得ない。(長期病欠など特別の例外はあるが)外国では国にもよるが、該当学年の学力を満たしていないと、本人、保護者、学校が判断して、残りたいと生徒側が希望すれば残れるシステムを持っている国もある。また学校側から強制的に落第させるところもある(フランスがその典型)が、さすがにそれは少数派である。日本でも本当に当該学年の学力を身につけたくてゆっくりでも良いので、3年のところを4~5年かけて身につけたいと思っている方も一部にはいる(特に障がい者の方)が、そのようなシステムが日本には存在しないので、大変苦しい思いをされている方もいらっしゃる。強制的な原級留置きは考え物だが希望すればゆっくり学べる学校もあれば良いと思うが中々難しいところだ。

テーマ : 教育
ジャンル : 学校・教育

帳簿類のデジタル化

学級担任をしていて、苦労することはいろいろあるが、その中でも帳簿類は悩みの種であろう。特に出席簿と指導要録については、鹿児島県ではいまだに手書きオンリーである。通知表ですらまだ手書きのところが多い。(本校は昨年から通知表のデジタル化が評定・観点のみ済んだ。)色々異論はあろうが、事務作業の簡略化が言われている中、なぜこの二つだけがデジタル化ができないのだろう。と思っていたら最近鹿児島市でこの二つのデジタル化が検討されているとの情報を得た。もし本当なら喜ばしいことである。私は個人的にはどちらもデジタルファイルの基本形は持っていて、現在実用化に向けてプログラムを更新中である。使ってみて分かったが本当に便利である。少しでも早くこの帳簿類のデジタル化が実現して、担任本来の業務に専念できるようになって欲しいと思う。

テーマ : 教師のお仕事
ジャンル : 学校・教育

小中連携教育

先日、小中連携教育の研究公開に参加してきた。公開した学校は、
県内でも(離島をのぞく)珍しく、小学校と中学校が同一敷地内に
ある学校で、学校行事やその他の教育を小中学生が一緒に行った
り、先生同士の交流を図ったりとユニークな実践を行っていた。
私はその中でも、小学二年生の英語授業を参観した。担任の先生
と、中学校の先生がTTで授業をやっていたのだが、楽しそうな授業
が行われた反面、問題点も見えてきた。まず先生の発音、イントネ
ーションが間違えているのに、指摘する人がいないので間違えたま
ま児童がおぼえていた。しかもその先生そんなに英語は下手では
ないのにである。次に小学校の英語年間指導計画に中学校の先生
は参加していないため、中学校でも学習しないような実に難しい表現
を小学校六年間で無理強いに指導しようという計画が出来ている。
あまりにも無茶である。ここは小規模校だからなんとか、楽しい英語
の授業を維持できそうだが、このような計画が他の大規模校にも波
及して、各小学校ばらばらに指導が行われれば、英語嫌いを大量生
産しそうである。前にこのブログでも指摘したように、専門家でもない
小学校の先生に英語を指導するには、あまりにも条件整備(ALTの
配置や指導計画、先生の研修など)がお粗末である。5・6年生の英
語授業が本格化する23年度、心配である。

テーマ : 子供の教育
ジャンル : 学校・教育

高校生クイズ選手権

 久しぶりに、全国高校生クイズ選手権を見た。壮絶なクイズ番組である。ちまた

のクイズ番組が幼稚に見えるほどレベルが高い。いきなり「火星で一番高い山は?」

である!しかも、ほとんど全校答えているのだ!全部見たが、答えを完全に言えた

のは「モーツァルト、べートーベンのフルネームは?」と「漢語の問題(過ちては改む

るに憚る事なかれ)」とぐらいで、あとは、答えを聞いても、「聞いたこともない」もの

ばかりだった。上位進出校は、相当普段から、学習しているなと思った。それに知識

だけではなく、ひらめきもすごい。数学や物理の問題など、何からどう手をつけていい

かわからないものでも、ささっと解く!信じられなーーい。私もクイズ好きでよく挑戦

するが、今年の高校生クイズは超ハイレベルであった。こんな問題を解ける高校生が

いるんですねー。尊敬します!ちなみに本県代表のラサール高校は準優勝であった。

すごいぞ中島君!よく頑張ったよ。

テーマ : 教育
ジャンル : 学校・教育

大丈夫か小学校英語教育?

 今、小学校で英語教育が必修化されようとしているが、どうも以前から不思議に思って

いたことがあった。それは、なぜか小学校の先生からの反対意見が見られないことであ

る。一番大変な思いをするはずの当事者からの反対意見がないのは、どう考えても不自

然であった。判を押したような賛成意見や努力をしようという前向きな意見ばかりである。

日教組の大会では反対意見も出たようであるが、なぜかあまりマスコミでも全面にとりあげ

られなかった。もう決まったことだから、皆さん後ろ向きには考えないのかなと思ってたら

とんでもない事実がわかった。反対できないのである。今、どこの現場でもそうだが、校長

の権限がとても強くなってきている。それと同時に物言わぬ雰囲気が現場でも当たり前の

ようになってきている。私が教員になった頃は、現場の先生と、管理職が討論(口論?)す

るなど普通にあった。しかし最近では、ほとんど見られない。(私の勤務校は特にその傾向

が強い)ここ数年では、教員免許の改正問題(これについては別の機会に述べる)、意図

の分からない調査物の増加、夏期休業中の自宅研修の取りにくさ、意図不明な自己申告

制度、授業減による各行事(教育相談等)に対する準備時間不足の問題、など言いたいこ

とはたくさんあるのだが、なぜか誰も何も言わない。言ったにしても、ほぼ前向きの意見に

近い。若い先生たちに取っては切実で、自分の時間を奪い取り、疲れ果てる原因を作って

いるはずなのに。話がそれたが、そこで小学校の先生である。中学校と違い、小学校では

原則全教科1人(または数人)で授業を行うので、教科書のある現在の教科の授業準備で

手一杯なはずなのに、これに総合的学習の準備、児童の個別指導、家庭との連携と大変

な思いをしているのに、これに免許外の英語が加わるのである。それなのに、反対ができ

ないのである。マスコミや、公的なシンポジウムなどに反対の立場から意見をお願いして

も、校長や教育委員会に知れるとまずいということで丁寧に断られるそうである。

このままでは、破綻が起きそうな気がする。疲れ果てた学校では、基本的な教育の定着

すら怪しくなる。精神的に病んで休職に追い込まれる先生が急増している。また、小学生で

英語嫌いがすでに増えつつある。これは事実である。後ろ向きな考えばかりではプロとして

恥ずかしい。しかし、小学校の先生が英語を教えることはプロの仕事ではない。英語の専門

家の私ですら、ずっと研修をやってきて現状維持がやっとである。ましてや少しの研修で

英語を教えよといわれた小学校の先生たちは大変である。指導主事は、生徒と同じような

気持ちで学び、生徒の気持ちを理解すればいいなど的外れなこと言っている。英語はそん

なに易しい言語ではない。甘く考えないで欲しい。その証拠に英語が専門以外の指導主事

はALTとの交渉を避けているではないか。英語での交渉をしない不誠実な指導主事に怒っ

て、帰ってしまうALTが後を絶たないそうである。このままでは小学校の先生をやめる人

が出てくるかも知れない。(事実増えているとの噂も聞く) 一生懸命やる先生ほど追い込

まれている。今一度この小学校に英語を導入する問題について真剣に考えないと、小学

校の先生の負担は増え、余裕を持って児童に向き合う時間もなくなってしまう。本末転倒

である。一時のはやりや、英語熱に浮かれた親からの要求、財界、政界からの要求に

負けてはいけない。中学校からで英語をマスターした人はいくらでもいる。むしろ中高大

と10年もの間だらだら学習するより、短期間集中(毎日10分1年間でいい)したほうがは

るかに英語は身に付く。日本に来た外国人の日本語を身につける早さは、あくまで短期

集中のおかげである。10年近く勉強して、手紙も書けない、電話もできない、簡単な意見

も述べられない英語教育の改革は、小学校におろすのではなく、中高生を徹底訓練すべ

きである。

テーマ : 小学校英語教育
ジャンル : 学校・教育

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